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FabCafe Osaka[Loftwork]様とEKKYO.conference #25を開催いたしました
EVENT2025年8月15日

FabCafe Osaka[Loftwork]様とEKKYO.conference #25を開催いたしました

「わからなさ/わかりあえなさ」を起点に、アート・脳神経科学・文化人類学の観点から日常に潜むコミュニケーションの可能性を模索するカンファレンスを、FabCafe Osakaにて開催。

「多様性」「共感」が叫ばれる時代に

私たちは今、「多様性」や「共感」が社会のキーワードとして広く叫ばれる時代を生きています。一方で、SNS上の炎上、価値観の押し付け合い、すれ違いへの過剰な恐れ——そんな"疲弊"や"摩耗"もまた日常的な風景となりつつあります。

本当に「わかりあう」ことがゴールなのか?

本当に、全てを「わかりあえること」が、私たちのゴールなのでしょうか? あるいは、「わかりあえなさ」そのものに、私たちが目を背けてきた大切な創造の種が潜んでいるのではないでしょうか?

アートとテクノロジーが開く「わかりあえなさ」への視点

かつて、形のないものを扱い、言葉にできない感覚を探ってきたのは、アーティストや表現者たちでした。そして今、テクノロジーの進歩により、感性や身体の微細な動きが"見える"ようになってきた。その中で私たちは、何をどう測り、何を感じとり、どんな世界を描いていけるのか?

本イベントでは、脳神経科学・文化人類学・アートなどの視点を越境しながら、"わかりあえなさ"という不安や違和感の中にこそ、新しい共創や対話の可能性があるという仮説を起点に、体験・対話・議論を織り交ぜて探りました。

振り返り

今回、パネルディスカッションとワークショップの企画を担当させていただきました、プラスケです!

「わからなさ/わかりあえなさ」を起点に、アート・脳神経科学・文化人類学の観点から、日常に潜むコミュニケーションの可能性を模索した本企画では、会場準備から運営まで全面的にご支援いただいたLoftwork様のお力もあり、パネラーと参加者が密に議論を交わす機会になりました。

イベントを終えた今、改めて問い直し、考えたいことは、「わからない」ということから私たちはどのような行為を取りうるのかということです。テクノロジーはもちろん、インフラや対人関係といったような盤石な印象が抱かれるものまで揺れていることが当たり前の現代に、立ち止まり、悩み、傷つけ合ったり、喜びを共有したり、憂鬱になったり、たまらなく感動できる背景には、ぼんやりとでも「わからなさ」があるのではないでしょうか?

今回のイベントを運営したEKKYO.HUBのユニット「Noema Lab」では、在野とアカデミックの狭間で深く考え、問いを立て、さまざまに表象する活動を今後も展開する予定です。

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